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≪抜粋ですが必見です≫ 今ではアジア随一のファイトマネーを稼ぐ格闘家となった青木真也

2016年09月11日 TOPICS

10年前、青木真也はメジャー格闘技団体「PRIDE」でデビューした。しかし、デビューから1年足らずで「PRIDE」は消滅し、格闘技バブルは弾けた。ファイトマネーは底なしの下落が続き、出口の見えない負のスパイラルは、今なお続いている。
そんな中、青木真也だけはアジアを拠点に活動を続け、今ではアジア随一のファイトマネーを稼ぐ格闘家になっている。なぜ彼の価値だけが上がり続けるのか。
 

■伝統なんてクソ食らえ、亜流を貫け

 僕は中学の柔道部では補欠だった。だから格闘家としての才能がないことは僕が一番よくわかっている。生き残る術として必死に見出したのが、誰も見たことのない寝技を繰り出すことだった。

 しかし、日本柔道界は「しっかり組んで投げる」スタイルを正統派と見なし、それ以外を認めない風潮がある。いきなり相手に飛びついて極め技を狙う僕は、明らかに異端児と見なされていた。いくら勝利を重ねても一向に認められることはなく、批判は絶えなかった。

 柔道は、「背負い投げ」と「内股」「大外刈り」の“ビッグ3”を得意技にしなければいけないような、暗黙の了解がある世界だ。トリッキーな寝技に偏っていた僕が、どれだけ勝利を収めてもついて回るのは「なんだ」という言葉になる。

 「なんだ、その柔道は」「なんだ、あの技は」

 僕の柔道人生は正統派を求められる同調圧力との戦いだったとも言い換えられる。しかし、僕はその空気に飲み込まれずにいられた。「大きなお世話だ」と心の中で叫んでいた。

そのおかげで今は……

 今、世界中の格闘技ファンは「シンヤアオキ」といったらトリッキーな寝技だと皆、口を揃えてくれる。メジャーな格闘技団体から好条件でオファーが来るのは、誰も見たことがない寝技を持っていることが大きい。
 
あの時、周りの声に屈していたら、今の僕はなかっただろう。
誰になんていわれようと、それが亜流であろうと、自分を信じて貫く強さが必要だ。

 

■先輩や上司に、いつでも刺し違える覚悟を持つ

 早稲田大学柔道部で練習していたある日。「お前、もう来なくていい」と言い渡された。要するに、クビにされたのだ。僕はスポーツ推薦で大学に進学して、実力は部内でも一番だった。突然のクビ通告を不思議に思うかもしれないが、当然だとも言える事情があった。

 早稲田の柔道部は伝統を重んじる気風。当然、僕の異端のスタイルに対して、「お前のは柔道じゃない」という指導が入る。しかし、僕は先生や先輩の意見に、一切耳を貸さなかった。当時は、「伝統なんて関係ない。ルールブックに書いてないだろ」と思っていた。

 「俺はもうスタイルが出来上がっている。俺より弱いお前らが指図するな」

 そんな不遜な態度を見せていると、先輩たちは勝ち負けの問題ではないと、生意気な僕を上から抑えつけようとしてくる。後輩は先輩に絶対服従だという考えで強気に出てきたことがわかった。彼らは後輩である僕が何もやってこないと決め込んでいたが、そんなことはない。

 口では「すみません」と言っておきながらも、常に畳の上では白黒つけてきた。練習で組み合いとなれば、先輩であっても容赦はしない。寝技で相手が参ったとタップアウトしても、緩めることなく技を極め続けた。それどころか、倒れ込んだ相手の手を平然と踏みつけることすらあった。

 僕は最低限のルールは守るが、今でも上下関係や伝統といった明文化されていないような理由で屈服を強要してくる相手に対して、刺し違える覚悟でいる。

 柔道部をクビになった時点で、授業の単位はほとんど取り終わっていた。やりたいことだけに時間を使えるようになり、総合格闘技の練習にはプロ選手のように没頭できた。大学3年のうちにプロデビューを果たすことになるわけだから、総合格闘技の道に進んだ僕の選択は間違いではなかったと思う。

 自分を殺してまで、理不尽な環境に我慢する必要はない。自分に正直でいてこそ、歩むべき道が見つかるのだと思う。

 

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